日本政治学会 分科会A「制度設計の政治思想」
「フランス福祉国家の形成と変容
―『社会的連帯』の概念史から」
(2005年10月1日)
報告要旨


 本報告の目的は、フランス福祉国家の思想的基礎となった「連帯」概念の形成と変容の過程を検討することで、現代の福祉国家再編論を思想的に評価し、その問題状況を明らかにすることにある。報告では、1. 第三共和政期に導入される「連帯」の思想の特徴を、同時代の三つの思想潮流との対比から明らかにし、2. 戦後福祉国家の形成を、「連帯」思想の制度化という観点から検討し、3. 1970年代後半以降の「福祉国家の危機」と「連帯」の再生論を、「社会的市民権(citoyennete sociale)」というキーワードとともに整理し、現在の問題状況を探る。

1. 「連帯」思想の形成

 フランスの共和主義は、大革命期に唱えられた国家と個人の二極構造と、中間集団の否定として特徴づけられることが多い。しかし19世紀を通じてみれば、とりわけ産業化とともに現れた「社会問題」への対応において、こうした共和国像は問い直され、中間集団を媒介する社会統合モデルが様々に模索された。本報告では、第三共和政期を中心に、こうした「社会的なもの」の探求を、(1)保守主義から生まれた社会経済学、(2)1848年に唱えられた「社会的共和国」論、(3)社会主義、(4)「連帯」の思想の四つに区別することで、「連帯」思想の特徴を探る。「連帯」の秩序は、産業社会における分業化された役割を能動的に担う個人を前提とする。こうした個人の存立を脅かす出来事(事故、病気、失業、老齢など)は、集合的「リスク」の発現と読み替えられ、中間集団を主たる担い手とする「リスク」補償と、国家による財政的補完が想定される。それは国家介入を制約すると同時に、「社会的なもの」と「経済的なもの」とを調停する原理として提起されたものと把握することができる。

2. 戦後フランス福祉国家と「連帯」の思想

 戦後フランス福祉国家は、保守主義レジーム(エスピン−アンデルセン)、ビスマルク型とベバリッジ型の折衷(B. パリエ)などと称される。本報告では、それを「経済的なもの」と「社会的なもの」との妥協をもたらした「連帯」思想の制度化として把握する。戦後フランス福祉国家は、労働組合の積極的参与のもとで、労使代表によって自主管理される保険金庫を基盤とする「職業的連帯」から構成される。国家の役割は、保険金庫の財政的援助に限定され、社会保障法111条に記される「国民的連帯」に基づく「社会援助」は、社会保障とは別枠の限定的なものにとどまった。戦後の経済成長の下で、こうした「保険的福祉国家」は、個人の自律と社会進歩を同時に実現するモデルと見なされ、発展を遂げた。

3. 福祉国家の危機と「連帯」の再生論

 1970年代後半以降、経済成長の終焉、財政構造の悪化、そして長期失業者や無資格者など「職業的連帯」に属さない「排除された人々(Exclus)」の出現は、従来の「連帯」の正統性を掘り崩し、「経済的なもの」と「社会的なもの」との亀裂を顕在化させた。1980年以降のフランスの改革は、社会保障財源の保険から租税への転換、保険/連帯原理の峻別、社会支出の効率化・抑制など、「社会的なもの」を「経済的なもの」に従属させる形で進められてきたと見ることができる。本報告では、こうした方向性に批判的な立場を採りながら、相互に対立する「連帯」の再生論を唱えるロザンヴァロン、カステル、ドンズロ、ボルジェトの議論を、社会参入最低所得(RMI)論、地域政策(politique de la ville)論を中心に整理し、「社会的市民権」の再定義へ向けた展望を探る。